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写真と雨と珈琲と

日々飛ぶように過ぎていく時の速度を緩めるために

サイコサイバネティクス

今日、久しぶりに母と長電話をしました。

母と私の会話といえば、もっぱら犬の話です。

数年前の母の日にプレゼントしたミニチュアシュナウザーと、うちの2匹。

そして母と私の大好きなカリフォルニアばあさんのブログの話です。



そんな中、母が私に良かれと思って言いました。

「〇〇と言うウェブサイト見てみて。あなた達と同じ仕事をしている関東の会社だけどとてもステキよ」

「…。」



見ました、見ましたよ。
とても可愛かった。

でも正直見たくなかった。

また自分の平凡さに気付かされる事になるとわかってたから。

よく世の中のお父さん達が家に帰って仕事の話をしたがらないと言うのは、今の私の心境なんじゃないかなぁと思いました。




そう、よくよく考えてみれば、私は人より多分に恐怖感が強いと思います。

自社のそばにライバル店が続々と進出してくる。

その店の前を通る事すらイヤです。

物凄く気持ちやヤル気や元気を削がれてしまいます。

それが、日に日に増していって今では遠い彼方の関東の同業者ですらネガティヴな感情と共に見てしまう。



昔からです。

心の何処かで、自分を信じてないのか…。

よくこんな性格でアメリカに一人で行ったもんです。

そして長い事一人でいたもんです。



どうしてこんなに苦しくて不安なのに経営者なんてやってるんでしょう…。

こんなに不安に苛まれたことは今の所ありません。

恐怖

このなんとも重たい精神。



ウェブも調べました。

「恐怖感 経営者」とか入れて(笑)。

色々でて来ました。

初めてそこで、あー気付いてしまったー、と思いました。

私あんまり精神的にタフじゃないんだと。



生まれてこのかた1番になる必要性がわからなかった。

でもそれは、裏を返せば、誰よりも負ける事が怖くて土俵に上がりたくなかったのではないか…。

一度の失敗も自分の中で許せないとわかっていたんではないか…。

考えれば考えるほど自分がわからなくなりました。



私はいったい何者なのか…?

大きな器だと自負してただけ?

能力があると信じたかっただけ?

本当の自分を評価されたら存在価値が無い気がする?

今日はどれも当たっている気がしてなりません。



そして今お風呂の湯船に浸かりながらこれを書いています。

ブログを書くつもりは無かったので、始めは今読んでいる本

www.amazon.co.jp


を開いて見ました。


するとこんな文章が…

本からの引用です。


「大物は過ちを犯し 、それを認める 。過ちを認めるのを恐れるのは 、ちっぽけな人間だ 」



置かれている状況についてわかっている事実を検討し 、さまざまな行動のもたらしうる結果を予想して 、一番うまくいきそうなものを選んでそれに賭ける 。あとは進みながら軌道修正をしていけばいい 。勝負のなかで 、どうなるかわからない状況が生じるときがあるが 、これは受け入れなければならない 。そのときに 、自分の目標を見失わず 、最終的な目的は達成できると信じることが大切だ 。





なんとまぁ
あゝその通り。

大物も小物も同じようにチャンスを与えられ、同じように決断の繰り返しをしている。

私はその一度の失敗も恐れて前に進めない時がある。

小物なんでしょうね(笑)。

でも失敗も大物の証しと教えてもらった私

暗闇の中で手をさしのばして貰えた気がしました。


このタイミングで、この言葉。

誰かに感謝しないといけない気がしてなりません。

ご先祖様なのか神様なのか…

はたまたこの言葉を引き寄せた私なのか…。


すべてはまだ顕在化していません。

まだ潜在意識の中です。


そうであれば、まだまだチャンスはある!

そうだと私の潜在意識が背中を押してくれています。

大丈夫、大丈夫。

失敗も大物の証しだから。

失敗しても成功しても大物に変わりないですね(笑)。

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母の犬